ジョンモクスリーが語る、WWEを辞めようと思った日、契約満了まで待った理由、クリエイティブ面を巡るビンスマクマホンとの争い(一例)

Photocredit: whatculture
の続き。今回は退団を決めた時のことと、今後のイントロダクションとしてビンス・マクマホンとの闘いの一例を取り上げています。

Talk Is Jericho w/ Jon Moxley 05.29.19

 

WWEを辞めたいと感じたのはいつ?

心が去ったのは2018年の7月だってハッキリ覚えてる。その時、俺は上腕三頭筋の断裂で負傷欠場中だった。通常なら4ヶ月くらいの休みで済む怪我のはずなんだが、長い間怪我を押して試合を続けてきたせいで腱の辺りがズタズタになってたから、最低でも6ヶ月かかると言われてたんだ。

 

その後ブドウ球菌感染症を発症して再手術して、9ヶ月の欠場。もう何もかもグチャグチャだった。人生の中でも最もハードで、惨めな時間だったと思う。それが7月のことだった。

 

ここからは、第三者的視点からいくつかのストーリーを語っていきたいと思う。WWEのクリエイティブプロセスに光を当てていくが、それらがおかしいことかどうかはリスナーに判断して欲しい。ディーン・アンブローズの一日の様子が垣間見れるわけだ。

 

契約満了まで待った理由

まず初めに伝えたいのは、カレンダーを見て、契約終了までの日数を数え始めた日のことだ。数えた先の日は、100%、二度とこの団体の土を踏まない日だと分かっていた。

ただ、一度辞めることを悟ったと後もいくつかの理由から、退団要求もクビになるようなことをしようともしなかった。契約の最後までやり遂げようと考えていたんだ。

 

一つ目の理由として、やらなければいけないという状況下でなかったらこんな仕事は続けたくないと思ったから。二つ目としては、妻がそこで働いていたからだ。途中で辞めたせいで、彼女が悪い立場に追い込まれたりすると最悪だからな。

だから俺達は4月30日を待って、時計の針が12時を指した瞬間、俺は自由になって全てのロイヤリティーを得た。だからもしこれから2年後にWWEがカンボジアでSHIELDのDVDを出したりしたら、俺にも2.7セントは入るということだ。

 

ビンス・マクマホンとクリエイティブ面で揉めた話(一例)

ある日、俺はいつものようにTV収録に入った。その時俺は確かスマックダウンにいて、ベビーフェイスだったんだ。それも番組を代表するグッドガイ。

 

そこで俺はライターから─ライターはこのポッドキャストにおけるキーワードになる、後にわかるだろう─バックステージプロモの脚本やセリフ台本を受け取る。

バックステージプロモの内容は今日会場でやったことを振り返るようなありきたりなモノだったんだが、内容がまるで思い出せない。その内容が凄まじくおかしくて、しかもそんなことが頻繁にあったからだ。

 

カオスの中で忘れ去られてるだけで、そんな意味不明なプロモが年に何百と存在する。ただ年間に3、4本ほど、クールで話が出来て、一緒にビールでも飲みに行きたい男が制作したちゃんとしたプロモもあるんだ。でもバカが作るプロモが圧倒的に多い。一輪車で道をひたすら後退したり、ホームレスとピザをシェアしたり、そんな具合のヤツだ。

 

だから俺はそういうプロモに対して「こんなのどれも言わない。全部変えろ。普通のセリフにしてくれ」と言う。すべきことをしただけだろ?

そしたら後に戻ってきたライターが言うんだ。「ビンスが全て書き直して、元通りになった」。つまり俺はビンスに話をつけに行かなきゃいけなくなる。ビンスが書き直したんならもうライターの問題じゃないからな。

 

それでビンスに「なあ、全文通してこんなセリフは言えない。バカバカしすぎる」と言ったら「Oh、何言ってるんだ!?これ程までに素晴らしいのに!これだぞ!これがファンがお前を好む理由だ!お前と交流したい理由だぞ!!お前は違う!この本の中のお前こそがお前だ!!」と返されるんだ。

 

そこから何百万回と対話を重ねても、「お前も分かってるんだろう?これがお前なんだ!」の一点張り。俺が「じゃあ俺がバカってことなのか?」と言えば「そんなことない!(笑)でもこれ自身がお前なんだよ!」みたいなことを延々と続けられる。

 

結局このプロモがどこに着地したのかの記憶は全く無い。まあでもこれが、俺が6年間闘ってきたバトルのざっくりとした要約だな。じゃあ次の話だ。これからは出来るだけ感情を入れずに、ナレーターとして話すように努めるぞ。

 

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